織田信長と熱田神宮2008-11-20 Thu 23:07
織田信長の天下取りと、熱田神宮への信仰にも深い関係があります。
信長は、ここぞという戦いの前には熱田神宮へ参り、戦勝祈願を行いました。 その中で最も有名なものは、桶狭間の戦い。わずか織田軍3000の兵で、 25000の兵を擁する今川義元を討ち取った、あの戦いです。 熱田神宮へ戦勝祈願した際、シラサギが2羽飛び立ったことで、縁起がよく、 桶狭間の戦いは必ず勝利する と織田軍の皆が信じたというもの。 この熱田神宮には、桶狭間の戦いで勝利をおさめた信長が寄進した「信長塀」が あります。 この塀は土と石灰を油で練り固めて、瓦を厚く積み重ねたもので、京都三十三間堂の 太閤塀、兵庫西宮(にしのみや)神社の大練塀とともに日本三大土塀の一つとして 有名です。ちょっとやそっとでは壊せそうにないですね〜。 ![]() また鉄砲隊で有名な長篠の戦いへ出兵する前にも、信長は熱田神宮へ立ち寄ったと 言われています。 熱田神宮には「不開門(あかずのもん)」と言われた「清雪門(せいせつもん)」があります。 この門は、太古の昔、天智7年(668)、新羅の僧が草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を 盗み出し、神剣が熱田神宮から他へ移されてしまったことを忌み、二度と神剣が熱田から 出て他へ移ることがないようにと、この門は閉ざされて決して開けられることがなかったと 言われています。 ![]() どちらも長い歴史の中での、熱田さんの存在の大きさを表すお話ですね。 今日もご覧いただき、ありがとうございます。 訪れて頂いたみなさんに幸せの光が降り注ぎますように。 ↓下記のランキングに参加しています。 皆さんの1クリックがこのblogのエネルギーです。^o^ ![]() 今日もクリックありがとうございます。 m(_ _)m |
この記事のコメント |
コメントの投稿 |
|
|
この記事のトラックバック |
|
| HOME |
|



















